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1936年、サティシュ・クマールはインド北部のラジャスタン地方の村でジャイナ教信徒の両親のもとに生まれた。母親は、学校教育は受けていなかったが、信仰心に厚く、その言動は宗教的人生観に裏打ちされていた。父は商人の一族だったが、サティシュが4歳のとき、家族を遺して亡くなった。幼少期のサティシュは、母と多くの時間を過ごしながら、インドの古典や自然の摂理、道徳を口承で学んだ。同時に、母から瞑想や手を使ってものを作ることの歓びを学んだ。

父の死を契機に、死というものがもたらす悲しみを超える道を模索し始めたサティシュは、9歳にして出家、トゥルシー導師の元でジャイナ教の教えを実践した。しかし、1954年、ガンジーの非暴力思想に魂を揺さぶられ、自ら僧衣を脱ぎ、還俗する。18歳のときのことだった。

その後、ガンジー主義者のヴィノーバとともに土地改革運動に携わりながら、現実世界での個人的精神性と社会的精神性の統合に想いを巡らせた。また、ヴィノーバから『バガヴァッド・ギーター』で説かれている自然と社会と利己の相関性・全体性について学ぶ。そこでの気づきは、後にサティシュの思想の根幹を成す「ソイル(土)・ソウル(心)・ソサエティ(社会)」論へと発展する。

1961年、ノーベル文学賞受賞者のバートランド・ラッセルが、核廃絶を求める座り込みに参加して逮捕されるというニュースが世界を駆け巡る。「90歳の老人が、世界平和のために闘って投獄されているときに、若者の自分は一体何をやっているのか?」と考え、立ちあがる決心をする。

サティシュは友人とともに、当時4つだった核保有国(ロシア、フランス、イギリス、アメリカ)の首都へ平和のメッセージを届ける平和巡礼に旅だった。インドからワシントンDCまで1万4000キロの道を、一銭も持たず、徒歩で山や砂漠を越え、嵐や吹雪に見舞われながら、ときには投獄されたり、銃での脅しを受けたりしながらも、2年半かけて踏破した。

この平和のための巡礼の途上、サティシュはバートランド・ラッセルやマーチン・ルーサー・キング牧師をはじめとする数々の思想家や活動家との出会いを果たした。さらに1968年、後に『スモール・イズ・ビューティフル』を発表し、人類を破滅に導きつつある経済システムに警鐘を鳴らした経済学者、E.F.シューマッハと出会い、意気投合する。

シューマッハの依頼を受け、1973年、サティシュは『リサージェンス』誌の編集主幹となる。以来、現在に至るまで、『リサージェンス』は、西洋と東洋の思想を融合するエコロジー思想の知的拠点として、また環境と平和、科学とスピリチュアリティ―をめぐる世界的な議論の場であり続けている。

また、サティシュは「土と心と社会」という哲学思想にもとづく教育運動を主導してきた。1982年、自宅のあるイギリス南西部ハートランドに10代を対象とする「スモール・スクール」を創設、自然から学び、スピリチュアリティを重んじ、衣食住における自らの実践を通して生き方を会得するという、その先駆的なカリキュラムが注目を集めた。

1991年には、「スモール・スクールのような大人の学び場を」という要望に応え、エコロジカルでスピリチュアルな学びを総合的に習得できる場として、宿泊施設も兼ね備えた「シューマッハ・カレッジ」を開校。以来、世界中から集まる人々が、ホリスティックな世界観を学び、自己と社会の経済中心から自然中心への転換を模索する場となっている。現在は「ホリスティック科学」の大学院も設置されている。

一方、サティシュは50歳のとき、インドの慣習に倣って、再び無銭でイギリスの聖地を訪ねる3500キロに及ぶ平和巡礼の旅に出た。その途上で古き友人たちと再会し,一方で新しい仲間たちを得た。

2000年7月、サティシュはプリマス大学から名誉教育博士号、翌年7月には、ランカスター大学から名誉文学博士号、2009年7月には、エクセター大学から名誉法学博士号を授与された。また、2001年11月には、ガンジー思想を広く海外に普及した功績で、ジャムナラール・パジャジ国際賞を受賞した。

サティシュの思想はリサージェンス誌のほか、多くの書籍で学ぶことができる。邦訳には、『君あり、故に我あり』(講談社文庫)、『ブッダとテロリスト』(バジリコ社)、『スピリチュアル・コンパス』(徳間書店)、『つながりの時代へ〜リサージェンス選集』(共著、大月書店)、『GNH―本当の<豊かさ>へ、10人の提案』(共著、大月書店)などがある。

未邦訳のものには、自伝である『ノー・デスティネーション』、最新刊の『アース・ピルグリム』などがある。また、2008年、BBC(イギリス国営放送)の50分の自然ドキュメンタリー番組「アース・ピルグリム」に出演し、国内外に好評を博した。

2008年に、サティシュはアメリカ、ミズーリー州のウェブスター大学に客員教授として招待され、「地球規模の気づき」をテーマにワークショップ、授業を行い、エコロジー思想、ホリスティック教育論、ボランタリー・シンプリシティ(質素な暮らし方)などを講じた。日本へは世界平和巡礼の直後に招かれて、東京から広島まで徒歩巡礼した。その後も市民グループなどの招きで数回にわたって来日。

最近では2007年、2009年に、全国数か所への講演ツアーを行った。本DVDブックは2009年11月の来日の際の記録である。サティシュが友人である辻信一と交わした対話を軸に、映像作家・本田茂が撮影・編集した。

 

『君あり、故に我あり〜依存の宣言』(講談社学術文庫)、『土と心と社会〜サティシュ・クマール東京講演2007』(NPO法人 開発と未来工房)を参考に作成。